機関銃 vs 2万羽の巨大鳥。オーストラリア軍が「エミュー」に翻弄され、撤退した珍作戦

ようこそ、歴史の袋小路へ。失敗学の博物館、館長のオパビニアです。

前回は、自分の尿を煮詰めて錬金術を行おうとしたヘニング・ブラントの執念を見ましたが、今回はガラッと変わって、国家レベルの大真面目な「害獣駆除」のお話です。

皆さんは信じられますか?
正規の軍隊が、最新鋭の機関銃を持ち出して「鳥」と戦い、弾薬を撃ち尽くした挙句、「割に合わない」と言って撤退したという事実を。

世に言う「エミュー戦争(Emu War)」。
これは正式な軍事作戦名ではありませんが、当時のマスコミが皮肉を込めてこう呼び、今なお歴史の教科書の隅っこで語り継がれている珍事件です。

なぜ、訓練された兵士たちは、素手(というか翼)の鳥たちに翻弄されたのか?
今日は、大人が道具の選び方を間違えるとどうなるか、その悲劇と喜劇について語りましょう。

敵は「走る戦車」エミュー

舞台は1932年、西オーストラリア。
当時、この国は第一次世界大戦から復員した兵士たちに荒地を与え、小麦を作らせていました。しかし、大恐慌の影響で生活は苦しく、農民たちはギリギリの状態でした。

そこへ、招かれざる客が現れます。
オーストラリア固有の走る巨大鳥、エミューです。
内陸部から移動してきた彼らの数は、最大で約2万羽に達したと言われています。

体長2メートル、体重40キロ近い彼らにとって、農民が苦労して育てた小麦畑は「食べ放題のビュッフェ」でした。彼らは頑丈な足でフェンスをぶち破り、作物を食い荒らし始めました。

困り果てた農民(元兵士)たちは、政府にこう訴えました。
「ライフルじゃ追いつかない! 機関銃を貸してくれ!」

当時の国防大臣ジョージ・ピアースは、これに応えました。
「よろしい。軍隊を派遣しよう。相手はただの鳥だ。マシンガンを使えば良い射撃訓練にもなるだろう」

こうして、砲兵隊のメレディス少佐率いる部隊が、ルイス軽機関銃2丁と1万発の弾薬を携えて、戦場(農地)へと向かったのです。

鳥たちの本能 vs 軍隊の論理

11月、作戦が開始されました。
メレディス少佐は、1,000羽規模のエミューの群れを発見し、射程圏内に入ってくるのを待ち構えました。

「撃てーッ!」

轟音と共に機関銃が火を噴きます。
理論上、密集した敵兵ならば、これでなぎ倒せるはずでした。

しかし、エミューたちは予想外の動きを見せました。
一斉に蜘蛛の子を散らすように、四方八方へ「散開」したのです。

これは高度な戦術ではなく、彼らの危険回避の本能でした。しかし、一箇所に固まって動かない「的」を想定していた機関銃手にとって、高速でバラバラに走り回る鳥は、もっとも狙いにくい相手でした。
数千発撃っても、倒れたのはわずか数羽。

さらに、エミューのタフさは兵士たちを驚愕させました。
少佐は後にこう報告しています。
「彼らはまるで戦車だ。機関銃の弾を数発受けても、平気な顔をして時速50kmで走り去っていく」

もちろん生物ですから、当たりどころが悪ければ死にます。しかし、分厚い羽毛と筋肉、そして興奮状態のアドレナリンが、彼らを「ゾンビ」のように走らせたのです。

焦った少佐は次の作戦に出ました。
「トラックの荷台に機関銃を据え付けて追いかけろ! 機動力勝負だ!」

しかし、これも裏目に出ました。
荒地を時速50kmで爆走するトラックは激しく揺れ動き、射撃手は銃を構えることすらできません。
それどころか、小回りの利くエミューに翻弄され、トラックはフェンスに激突してエンスト。

はるか彼方へ消えていく鳥の背中を、兵士たちは砂埃の中で呆然と見送るしかありませんでした。

コストと適性の無視

結局、数回の出撃を経て、軍は撤退を決めました。
「敗北」というよりは、「作戦中止」です。

なぜなら、コストパフォーマンスがあまりにも悪すぎたからです。
公式記録や諸説ありますが、軍は約1万発の弾薬を消費して、確実に回収できた戦果は数百羽、多めに見積もった報告でも数千羽には届きませんでした。
単純計算で、「鳥1羽を倒すのに弾丸10発以上」

議会では「エミュー1羽を殺すのに、一体いくらかかっているんだ?」と吊し上げられ、国防大臣は「エミュー戦争大臣」という不名誉なあだ名をつけられました。

原因はシンプルです。
「機関銃」という道具が、このミッションに合っていなかったのです。
機関銃は「密集して向かってくる敵軍」を制圧するための兵器であり、広大な荒野を逃げ回る野生動物を狩るための道具ではありませんでした。

静かなる勝者(ハンターたち)

軍隊が去った後、エミュー問題はどうなったのでしょうか?
ここがこの話の面白いところです。

政府は軍事介入を諦め、代わりに農民たちに弾薬代を補助し、「エミュー1羽につき懸賞金」を出すバウンティ制度(報奨金制度)を導入しました。

すると、どうなったか。
地元の腕利きの猟師たちがライフル片手に立ち上がり、わずか半年で5万7千羽を駆除したのです。

機関銃を乱射する軍隊が数週間かけても数百羽しか倒せなかった相手を、地元の人間は知恵とライフルであっさりと解決してしまいました。
これは「人類の勝利」というより、「適材適所の勝利」でした。

失敗学の教訓

さて、この奇妙な作戦から、私たちは何を学べるでしょうか。

  1. 「道具」には向き不向きがある
    「最新鋭の機関銃」は強力ですが、「散らばって逃げる鳥」には無力でした。ビジネスでも、最新の高価なツール(AIや複雑なシステム)を導入すれば問題が解決すると思いがちですが、現場の状況に合っていなければ、ただの金食い虫になります。

  2. 相手の土俵で戦ってはいけない
    少佐はトラックでエミューを追いかけましたが、それは「走り」が得意なエミューの土俵で戦うことでした。相手の得意分野で勝負を挑めば、どんな強者でも足元をすくわれます。

  3. 目的と手段の履き違え
    目的は「農作物を守ること」でしたが、いつの間にか「機関銃で鳥を倒すこと」が目的化してしまいました。プロ(軍隊)に頼むのが常に正解とは限らないのです。

終わりに

今でもエミューはオーストラリアの国章に描かれています。
カンガルーと共に「後ろに下がれない(前進あるのみ)」動物として描かれていますが、私にはあの時、機関銃の弾幕をくぐり抜けて走った彼らの「たくましさ」を讃えているように見えてなりません。

もし皆さんが、仕事で部下が言うことを聞かず、コントロール不能になっても、落ち込まないでください。
少なくとも相手は、時速50kmで走り回る2万羽の巨大鳥よりは、話が通じるはずですから。

それでは、また次回の歴史の袋小路でお会いしましょう。
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